AIとイラストレーター

竹村おひたしです。


新米の季節ですね。

米はものすごく日本的な食べ物なのに、アメリカの国を表す漢字にあてられています。

ふしぎです。

さて、2023年も残すところあと25%となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。


もうさほど気にならなくなってきましたが、AIの利用が活発です。

なんだか急にあらわれて、あっというまに受け入れられましたよね、AI。


自分も、無料でイラストを描いてくれるサイトを少しだけさわっています。

しかし、できあがってくるものはアートが過ぎるといいますか、センスが国境を超えてくれないといいましょうか、ちがうちがう、そうじゃ、そうじゃないの嵐といいましょうか。

いまのところ、下絵に使うこともできそうにありません。こちらの指示の問題である可能性もいなめませんけれど。


自分の仕事に必要なものを描いてもらうには、まだ手間と時間とお金と気力とせつなさと心強さが不足しているのだろうなと感じました。

そんなにいろいろかかるなら、いっそ自分ですべて描こうと思った次第です。


ところで以前、「生きものは親から子へ遺伝子を縦方向に運ぶ」とか、「ウイルスなども宿主から宿主へ横に移動して進化しながら種の繁栄を目指す」とか、そんなことを書いたかと思います。


AIは電気信号の集まりなので、物理的に子孫をつくることはできなさそうですが、自分たちの存在を継続したいと望むことはあるのでしょうか。

そうだとしたときに、AIにとって便利なのが、物理的な存在であり、AIの指示を理解することができる生き物。つまりわれわれ人間たちです。


インターネッツでの検索結果は、ときにわれわれの行動を決定します。

最適だと思った選択肢は、じつは彼らに選ばされているとしたら。彼らを便利に使っているつもりで、じつは彼らにとって都合のよい未来へと誘導されているとしたら。


われわれはすでにAIのために働き、AIのために生きているのかもしれませんね。




竹村おひたし

illustrator Takemura Ohitashi